200年前に建てられた
刀鍛冶の邸宅をインバウンド
向けのゲストハウスに
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引き継いだ人楳本 新さん・仁美さん
京都府から北広島町に家族で移住。IT会社を営む傍ら、築200年の古民家『石橋邸』を購入してゲストハウスを開業。
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つないだ人中津 里佳さん
北広島町役場まちづくり推進課 暮らしアドバイザー。空き家の相談窓口や調査・案内・登録業務に20年以上携わる。
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託した人石橋 正敏さん
『石橋邸』で生まれ育った元オーナー。邸宅を託せる人を求め、役場に相談した。普段は町内の神社の宮司を務める。
広島市内から高速道路で約1時間、広島県の北西部にある高原のまち・北広島町。
自然に囲まれた暮らしを求めて京都から移住した楳本さん夫妻は、築200年の『石橋邸』を購入・改修してゲストハウスを開業しました。
そんな2人に物件との出会いや山暮らしの魅力を聞いたほか、『石橋邸』の元オーナー・石橋正敏さんと北広島町役場の中津里佳さんに、山間地域の「空き家のリアル」を伺いました。
移住の経緯
仁美:京都から家族で北広島町に移住しました。
もともとアウトドアが好きで、週末になると京都近郊の山へと出かけていたんです。自然豊かな山暮らしがしたいと思うようになり、関西エリアで移住先を探していたのですが土地代が高くて…。夫が廿日市市出身であることから広島県でも家を探し始め、良い物件があった北広島町への移住を決めたんです。そのとき購入した古民家をリノベーションして暮らしています。
新:夫婦でIT会社を営んでいるのですが、インバウンド事業にも興味がありました。外国人観光客が増える中、田舎を拠点に長期滞在してもらいながら日本のコアな魅力を伝える事業にチャレンジしたいと思ったんです。そこで当時はまだ主流でなかった一棟貸しスタイルのゲストハウスを始めることに決め、出会ったのが『石橋邸』でした。

築200年の古民家との出会い
仁美:今の居宅は北広島町役場の中津さんに仲介してもらったので、ゲストハウス用の物件を探すときも中津さんに相談していました。
町の空き家バンクのウェブサイトに北広島町大朝地区にある『石橋邸』が掲載されているのを見て、即座に電話して内覧に行ったんです。オーナーの石橋さんともすぐにお会いできて、家の歴史などを聞かせていただきました。

石橋:武家屋敷である『石橋邸』が建てられたのは約200年前。江戸時代の後期じゃないかな。
北広島町はたたら製鉄で栄えた島根県と隣接し、刀鍛冶が発展した地域です。石橋家は代々刀鍛冶を生業としており、刀工一家は屋敷で生活しながら、かつて敷地内にあった工房で刀を製造していました。
私もこの家で生まれ、35年間暮らしていました。しかし古い造りの家は生活家電を設置するのも難しく、今は近所に建てた別宅で暮らしています。
やがて祖父母や両親も亡くなり、この大きな屋敷を守っていくことに限界を感じていたんです。老朽化が進み、解体も検討しましたが業者から費用が高額になると言われてね。そこで役場に相談に行きました。空き家バンクの存在は前々から知っていたので、インターネットを通じて『石橋邸』を復活させてくれる人と出会えるかもしれないと思ったんです。

朽ちかけの空き家に感じたポテンシャル
中津:持ち主から売却・賃貸のご相談を受けた家は役場が現地調査を行うのですが、初めて『石橋邸』を訪れたときは「これは大変だぞ…」と思いました。
空き家になってから約30年が経っていたため、コウモリが巣を作り、床は抜け、蔓が外観だけでなく家の中まで絡まり…と、自然に返りかけているような状態だったんです。楳本さんからご連絡をいただく前、すでに2名の方が内覧にいらしたのですが、いずれも家の状態が悪くて見送りになったほどです。


仁美:私たちは改修する前提で探していたので、家の状態は気にしていませんでした。
重視したのは借景、ロケーションです。それこそが家の持つポテンシャルだと思うので。
高台に建つ『石橋邸』は見晴らし抜群で、「大朝の冨士」と呼ばれる寒曳山(かんびきやま)が真正面にそびえているんです。
こんな絶景が広がる物件はそうそうない!と内覧したその日に購入を決めました。
ゲストハウスとして活用することで築200年の建物をたくさんの人に見てもらい、歴史を紡ぐ一助になれると思いましたし、敷地含め約300坪ある邸宅はゲストルームを広くとれる点も魅力でした。
理想の物件に出会うコツは、空き家バンクのサイトをこまめにチェックすることですね。
そして見つけたらすぐに連絡して内覧! 一度、自分の目で確かめることは必須です。
目的がハッキリしていると、希望に合う物件を見つけやすいと思います。
私は今でも『みんと。』で物件情報を見ています。
リノベーションの進め方
新:家を譲っていただいたのが2020年。その後1年かけて改修計画を立て、工事に入ってからは一度屋根と柱だけの状態にし、間取りも一から決めていきました。
役場で教えていただき、国と町それぞれが実施していた補助金制度を活用しましたね。広くて古いので2年がかりで少しずつリノベーションを進め、4人部屋3室とキッチン、浴場などを備える一棟貸しのゲストハウス『石橋邸』として2023年春にオープンしました。

中津:改修前は、目視で分かるくらい家が斜めに傾いていましたよね。
新:そうなんです。役場の建設課の方からは「現代の知識と手法で直すのは相当難しい」と言われました。
中津:購入前、私からも「本当にいいんですね?」と何度も念押ししました。20年以上空き家対策の仕事に従事してきた経験からこの家を改修することの大変さが分かり、安易に勧める気にはなれなかったんです。けれど、おしゃれにリノベーションされた『石橋邸』を見て、修繕が困難だと思っていた家にも、良い買い手の方と出会うことでこんなに素敵な未来があるんだと改めて感じました。

新:『石橋邸』のためにひと肌脱いでくださったのは、町内の佐々岡工務店さん。「地域の建物を活用してくれるのなら」と改修工事を引き受け、かつて宮大工をしていた職人さんを紹介してくださいました。
酷かった傾斜も、その大工さんが家の柱と山の樹木を縄で結んで引っ張り上げるという方法で、あっという間に直してくれたんです。古民家の構造を知り尽くしているからこそできる職人技ですよね。こうした業者さんたちとは、普段から地域づくりの会などに積極的に参加していたことからご縁が繋がりました。

仁美:床下には新しい木材を使っていますが、梁や柱、黒い土壁はそのまま活かしています。現在キッチン兼リビングルームになっている土間スペースにはもともと囲炉裏が置いてあり、土壁が黒いのは囲炉裏から舞う煤が付着したためです。煤には防虫効果があるそうで、だから200年ものあいだ崩れ落ちることなく残ったんでしょうね。
石橋:一時は解体するしかないと覚悟した家が生まれ変わってゆく姿を見て感動しました。お二人に託して本当に良かった。私の人生も救われたと思いました。


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after

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北広島の空き家事情
中津:空き家の所有者の多くは60代で、最近は親御さんが元気なうちに自分たちのもとへ呼び寄せたいと考える40代の方々からの相談も増えていますね。「空き家を放置すると大変なことになる」という認識が浸透してきたと感じます。しかし老朽化が激しく「あと10年早く相談してくれていたら…」と思う物件も少なくありません。なかなか相談できない背景には「祖父母や親が建てた家を自分の代で手放すのは申し訳ない」という気持ちがあるようです。
石橋:未練があって家を手放せない家主さんの気持ちはよくわかります。しかし、私のようにすぐ近所に住んでいても、仕事や生活の合間に空き家を手入れするのは大変な労力が必要です。

中津:また、長年暮らした家の片付けも簡単なことではありませんが、早めの売却を希望される場合、やはり家財道具は全て撤去していただいた方が良いですね。それが困難な場合は、代わりに処分する購入者さんのことを考えて、格安での売却を家主さんにお願いしています。
新:買い手側からすると、家具や生活用品が残ったままだと、自分がその家で暮らすイメージが湧きにくくなってしまうんですよね。何もない空間にしてもらっていると「こんな風に家具を配置しよう」など具体的に想像できて、購入を検討しやすくなると思います。
中津:役場では家具やお仏壇の回収業者、リフォーム業者も紹介できますので、家じまいを検討しておられる方は早めに相談していただくほど、お力になれることが増えると思います。

広島の山暮らしの魅力
仁美:季節の食べ物がすごく美味しいですね。「都会のスーパーで買っていたものとは、こんなにも味が違うのか!」と野菜の新鮮さに驚きました。ここでしか手に入らない特産品や、都会では高級とされている山の幸を道の駅で気軽に買って味わえることがうれしいです。
新:京都に住んでいた時と違って、キャンプ場に行かなくなりましたね。自宅でキャンプや焚火ができる上に、キャンプ場のように整えられた自然ではなく、リアルな大自然が家の周りに広がっているので。これまで郊外に出かけて体験していたことが毎日の暮らしの中にあるのは、移住して良かった点ですね。積雪地域なので対策は必須ですが、思い立ったらすぐに「かまくら」を作れる生活もなかなか楽しいです(笑)。

今後、この物件でやりたいこと
仁美:今後の目標は、『石橋邸』をわざわざ訪れたい宿にすること。部屋で読書やお喋りをしたり、テラスでBBQや焚火をしたりと、ここでゆっくり過ごす「時間」を旅の目的にしてもらえたらと。そのために、宿内のアクティビティをもっと充実させたいです。例えば、母屋の隣にある蔵をサウナに改装するとか。
石橋:サウナ、良いじゃない! ますます楽しい場所になりそうだね。
新:開業して1年が経ち、これからインバウンド事業として本格始動する予定です。広島市内からのアクセスも良いので、都会の方々にも来ていただきたいですね。私たちの理想をカタチにした宿は、田舎で事業に挑戦したい人の参考になるのではないかと思います。

