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昭和中期の中古物件を
センスよくリノベーション。
古いものを大切に使う暮らしを住居とお店で表現

  • 引き継いだ人
    樋熊 敏亨さん

    『うつわとくらしの道具カルフ』店主。茨城県出身で、長年東京に暮らす。コロナ禍が落ち着いた頃の国内旅行をきっかけに尾道移住を決意。

  • つないだ人
    新田 悟朗さん

    NPO法人尾道空き家再生プロジェクト専務理事。尾道市向島出身。同法人で空き家のリノベーションに18年間携わる。

東京から広島県尾道市に移住した樋熊敏亨さん。

築50年弱の中古住宅を購入し、いわゆる“昭和の家”をセンスよくリノベーション。1階は住宅、2階は北欧や日本の器を扱うお店として活用しています。

そんな樋熊さんに、移住の経緯や中古物件をおしゃれに生まれ変わらせるコツを教えてもらうとともに、『尾道市空き家バンク』を運営するNPO法人空き家再生プロジェクトの新田さんに、尾道の空き家状況や一軒家を持つことの利点などをお聞きしました。

尾道移住の経緯

樋熊:東京の北欧系ライフスタイルショップで17年ほど店長やバイヤーとして働いていました。もともと旅が好きで、コロナ禍が落ち着き国内旅行をよくするようになったんです。

地方のお店は独創的なところが多く、店主さんたちの生き生きとした姿が印象的で。北欧系の雑貨や食器をはじめ、日本の焼き物作家さんが作る器が好きなことから、地方で北欧と日本の器を取り扱うお店を持ちたいと考えるようになりました。

移住先を検討する中で、「ほどよい田舎感」「雪が降らない」などの条件に合うまちとして候補に挙がったのが、2022年に初めて訪れた尾道でした。穏やかな瀬戸内海、そして東京とは対極の、ゆったりと流れる時間に魅力を感じました。観光地である尾道ならばある程度の集客が見込めそうなこと、器を扱うお店は競合が少ないことも決め手となりました。

『尾道市空き家バンク』について

樋熊:物件探しは地元の不動産サイトも見つつ、『尾道市空き家バンク』を活用しました。『尾道市空き家バンク』は現地に行かなければ登録・閲覧できないため、2023年10月に尾道を再訪しました。


新田:私たちNPO法人尾道空き家再生プロジェクトは、尾道の古き良き町並み文化を守り、引き継いでいくために、空き家を再生してゲストハウスなどに活用しているほか、『尾道市空き家バンク』の運営を通じて移住希望者と大家さんを繋げています。

私たちが取り組んでいるのは、尾道三山の南斜面地の「山手地区」と呼ばれるエリアの空き家再生です。山手地区は細い階段や路地が入り組み、住宅やお寺が密集している地域。空き家バンクの現地登録をお願いしている理由は、実際に訪れてみて、自動車や自転車も乗り入れが難しい傾斜地での生活を体感していただきたいからです。

樋熊:旅行者ではなく「生活者」の目線で現地リサーチすることは大切だと思います。

僕も登録した日は候補物件の外観と立地を確認するだけでなく、移住者に話を聞き、まちを歩きながら尾道暮らしのイメージを膨らませていきました。そして東京に戻ってから間取りや写真をもとに「どんな風に暮らせるか?」「どんなお店にしていけるか?」を具体的に検討した後、内見の希望を出しました。

新田:樋熊さんは11月に2軒内見しただけで購入を即決されましたよね。ここまで決断が早い人は珍しいですし、開業の段階でストップしてしまう人も多いんです。

自分に合う物件と出会うためには、暮らしと仕事の希望を明確にしておくことが大切です。樋熊さんはその両方のビジョンがはっきりしていたんですよね。

物件探しのポイント

樋熊:器は、日常の中で使うもの。商品だけでなく、暮らしも紹介できるようなお店にしたいと考えました。そこで、住居兼店舗にできる一軒家を探すことに。

はじめはいわゆる「古民家」に憧れがあったのですが、修繕費用や立地の観点から現実的ではなくて…。器と暮らしを見せるお店は、家の「中」を整えることで実現できるはず。そう思い直し、一般的な中古住宅に狙いを定めました。

物件探しの中でもっとも重要視したのは立地です。
生活のしやすさを考えると、「中心市街地から近い平地」であることが絶対条件。器や暮らしに興味がある人に向けたお店にしたいので、景色重視の島や山、観光客が集まる繁華街に構える必要はない。狭い路地を通って、迷いながら辿り着く感じも尾道らしくて面白いんじゃないかなと思い、尾道駅から商店街を歩いて20分ほどの路地裏に建つ中古住宅を購入しました。ここ長江1丁目は平地ですが、山手地区に含まれる地域です。

尾道の空き家状況

新田:樋熊さんが購入されたこの物件は築50年弱の民家。山手地区には明治・大正時代に建てられた築100年以上の古民家もありますが、いちばん多いのは昭和中期に建てられた住宅です。傾斜地や狭い路地沿って作られた家は、建て替えることも困難。だからこそ尾道空き家再生プロジェクトは、その家が持つ良さを活かしながら住み続けていくことが、尾道の町並み文化を守ることに繋がると考えています。

樋熊:坂道にある家は2階に玄関があるなど、独特の形状の家も多いですよね。


新田:車が侵入できない山手地区は、子育て世帯にとっては安心感があるようです。それに商店街から徒歩圏内にある空き家が安く手に入り、地域コミュニティーもあるから孤立しにくい。商店街でふらっと飲んで帰ることもできる。そういう部分を気に入って住まれる方も多いですね。

理想のリノベーションを叶えるコツ

樋熊:家が決まり、2024年1月に東京から尾道へ引っ越しました。シロアリ対策や雨漏り修繕も必要な中、限られた予算で理想の住まいを実現するコツは、「ポイントを絞ること」でした。

新田:直す箇所が多ければ多いほど、お金がかかっていきますしね。

樋熊:そうなんです。僕の場合でいえば、1階キッチンはフルリノベーションしようと決めていました。そしてキッチンと隣り合う部屋で生活するだろうと思ったので、ここをいかに快適にできるかにこだわりましたね。その代わりお風呂回りはほぼ変えないなど、お金をかける部分とかけない部分を明確にしていきました。

家づくりのコンセプトは「うつわと暮らす経年変化を楽しむ家」。

古民家とまではいかない昭和の家を、和洋問わずヴィンテージ感のある仕上がりにしたいと考えました。キッチンの隣の部屋は最初、北向きだからすごく暗くて。壁を白く塗り直し、大きな窓を新たに作ることで、明るく居心地の良い空間にしました。白い壁は漆喰です。施工費を抑えるため、自分で塗りました。塗りムラも味があって、ヴィンテージ家具など古いものとよく合うんじゃないかなと思って。

新田:夏場に毎日作業してましたよね。


樋熊:そうそう。暑い中、1・2階の壁を一人で塗って…泣きそうなほど大変でした(笑)。自分でできるところ以外は、地元の工務店さんにお願いしました。ツテがないので、当時は会う人みんなに「良い工務店知らない?」と聞き回っていましたね。そうして見つけた工務店さんは、僕のやりたいことを理解してカタチにしてくださいました。大工さんもすごく良い人で、DIYについてもいろいろと教えてもらいました。

半年ほどかけて改修し、2024年8月に『うつわとくらしの道具カルフ』を家の2階にオープンしました。お客様には1階の玄関で靴を脱いでもらい、階段で2階に上がってもらうというスタイルのお店です。

樋熊さんのリノベーションの様子(Instagram)

移住体験できる宿泊施設

樋熊:工事中は、空き家再生プロジェクトさんが運営する中長期滞在施設に住んでいました。自宅から徒歩圏内にあるので、毎日仮住まいから家に通ってリノベーションを進めていきました。

新田:1938年に建てられた、旧産婦人科医院のビルをリノベーションした『オノツテ ビルヂング』 という複合施設です。2階には1カ月単位で滞在できる家具付きの個室を5部屋用意しており、共有スペースにはトイレ、シャワー、キッチン、洗濯機などを備えています。

樋熊:共有スペースでタコ焼きパーティーをするなど、入居者同士が交流できる機会もありました。街なかにあるので、尾道のまちを歩いて知るにも良い拠点だと思います。

新田:そのほか空き家再生プロジェクトでは中期・短期滞在向けのゲストハウスも複数運営しているので、用途や期間に合わせて利用してもらい、山手暮らしを体験してほしいですね。

一軒家の魅力

樋熊:自分の好きなように変えながら、長く住めるところでしょうか。

うちにある家具や棚は基本、ヴィンテージ品。昔のものは、メンテナンスをすれば何十年も使えるし、味わいも増していく。器だって、壊れなければずっと使っていけますよね。良いものを大切にしながら、長く使っていきたい。家を買って、お気に入りのものと一緒に生活していきたい。それは移住前から思い描いていた暮らしです。

新田:昔は家も、代々受け継いでいくものでした。時代が進むにつれて「家は30年~50年もてばいい」という価値観になっていきましたが、本来、持ち家はメンテナンスを楽しみながら使っていくもの。それは樋熊さんがおっしゃる器や家具とも共通しています。

山手地区は、歳をとると住み続けるのが難しいエリアです。けれど丁寧に暮らしていれば、家だってヴィンテージ家具のように次の人にバトンタッチできるし、資産価値も保たれる。築80年~100年、100年~150年と築年数が増えるにつれて家の価値は上がっていきますから。

樋熊:家の柱などに使われている無垢材も、表面を削ってあげるだけで美しさが復活するんですよね。家もメンテナンス次第で長持ちすることを実感します。

尾道の魅力

樋熊:昔ながらの町並みや歴史、新しいことに取り組む移住者が混ざり合っている感じが面白いと感じます。外からの人を受け入れる温かさがあり、喧騒から離れてのんびり暮らせるところも気に入っています。

『カルフ』を通じて尾道の良さを東日本の人にももっと知ってもらい、足を運んでもらうお手伝いができたらいいなと思います。

新田:人口が多くても、中心市街地がさびれているまちは全国的に意外とあって。でも尾道の中心街は人がたくさん歩いていて活気がある。

歴史・文化・景観がそろっているまちはなかなかないですし、だからこそ生活風土を含めて守っていきたい。「古き良き」を受け継ぐことに共感してくれて、尾道に対する想いのある人が移住してくださると嬉しいですね。

空き家で出会った
探し手とオーナー
それを繋いだ人のお話。

AKIYA
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