裏山と畑付きの一軒家で
憧れの「自然に沿った暮らし」を実現
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引き継いだ人行正さん
福富町の隣町・高屋町出身。音響や飲食などの仕事を経て、林業の道へ。広島市出身の妻と、3人の娘と暮らす。
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託した人角さん
行正さんと同じ集落に暮らす。父方の叔父が建てた家とその敷地を維持管理するため、草刈りや畑の手入れをしていた。
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東広島市の北部・福富町。市の中心部や広島空港から車で約30分の距離にあるこのまちは、深い山々に抱かれ、のどかな田園風景が広がっています。
山奥の広大な土地付き一軒家を購入し、家族で福富町に移住した行正さん。林業や農業をなりわいとしながら、のびのびと子育てをしている行正さんと、一家が入居するまで空き家や畑の維持管理をしていた角さんに、自然と共存する暮らしの魅力と実情をお聞きしました。
目次
移住の経緯と、物件との出会い
行正:出身は東広島市高屋町です。結婚を機に、福富町と高屋町に隣接した河内町で一軒家を借りて7年間住んでいました。
高屋町は近年人口も増え大変便利になりましたが、昔は静かで田舎らしい風景が広がるまちだったんです。深い自然が残る福富町に訪れるたび、昔の自分に戻ったような感覚になり「住むならここがいいなあ」と思うようになりました。登山好きな親の影響もあり山に入るのがとても好きで、過去にはネパールで2度トレッキングをした経験もあります。

『東広島市空き家バンク』に登録し、福富町をはじめ市内山間地域の空き家情報を何年もチェックしていました。空き家バンクに掲載された物件の内見申し込みは早い者勝ちです。
毎日決まった時間にサイトを覗いていたある日、今の家が掲載されました。母屋と離れがあり、さらに総面積15,715㎡の裏山と畑が付いている物件。
「これは!」と思い、その場で市役所の担当課に電話しました。

山奥の一軒家に感じた魅力
行正:内見のために細い道路をぐんぐん上り、標高約420mの場所にポツンと建つ家に着いたとき、まずその立地に惹かれました。
メイン道路より一段高い場所に家があって、日当たりが良く、水も空気も澄んでいる。すぐ横を流れる川のせせらぎが聞こえ、キャンプ場のような雰囲気なんです。
それから、家専用の道があることも魅力でしたね。当時住んでいた賃貸住宅は公道沿いに建っていたので、子どもが飛び出すと危険でしたが、ここなら安心して暮らせると思いました。

畑と山を引き継げるのも、うれしいことでした。
河内町でも家の近くに農地を借りて野菜を育てていた僕と妻は、移住先でも農業を続けたいと考えていたんです。さらに、僕は林業の経験があるし、樹木の伐採ができる。山を整理すれば、さらに良い環境になりそうだと感じました。
そうして購入の契約を交わし、2022年4月に家族で移住しました。

物件の空き家バンク登録から売却まで
角:50年ほど前に父方の叔父が建てたこの家は晩年、叔母が一人で暮らしていました。空き家バンクに登録する1年ほど前に空き家となり、町外に住む叔父夫婦の娘さんが管理していたんです。そして、同じ集落に暮らす私が家の周辺や畑の草取りなどを行っていました。
無人となった家をどうするか、さまざまな選択肢を考えました。
解体するには高い費用がかかり、かといって空き家のままにしておくと、どんどん傷んでしまう。やはり、誰かに住んでもらうのが一番だろうという結論に至りました。そこで『東広島市空き家バンク』に相談し、家主立ち合いのもと、市役所の担当職員さんに現地調査に来ていただいたんです。そこで話し合った結果、空き家バンクに登録することが決まりました。

行正:空き家になってまだ年月が浅かったので、老朽化はそれほど進んでいませんでした。
シロアリの被害規模などは古い木造家屋の想定内でしたし、水道やお風呂も使える状態。少し手を入れたら住めるな、という感じでした。田畑のほうも、角さんが管理してくださっていたおかげですぐに始めることができました。すごくありがたかったです。

角:畑は一度耕作放棄地になってしまうと、元に戻すのは難しいですから。家の老朽化が激しくなる前に、空き家バンクに登録して良かったです。田舎の家にはほとんど神棚や仏壇がありますが、事前に売り手側で処理しておくことが大事だと思いますね。
行正:ここは違いますけど、田舎の家は墓地が近いところも結構ありますよね。
角:その場合、墓地が近くにあることに良いイメージを持たない人もいるかもしれないので、移住希望者には事前に説明することが大切でしょうね。近年は引き継ぐ親族がいなくなり、「墓じまい」をされる方も多いと聞きます。

リノベーションについて
行正:空き家に残っていた家財道具の撤去やリノベーションには、市や国の補助金を利用しました。
改修工事は友人の大工さんに依頼し、自分たちも作業を手伝いながら進めていきました。福富町は積雪の多い地域なので、大工さんのアドバイスのもと寒さ対策として断熱材を入れ、断熱窓に交換。
そして薪ストーブや太陽熱温水器、バイオガスを導入し、憧れの「自然に沿った暮らし」を叶えることができました。裏山で伐採した木はインテリアとして取り入れるほか、薪ストーブの燃料として有効活用しています。


積雪の多い福富町は寒さ対策が必須

広い庭に設置した太陽熱温水器

離れのキッチン部分before

離れのキッチン部分after

母屋1階before

母屋1階after
福富町での子育て
行正:家と家との距離が離れているので、子どもが泣いたり走り回ったりしても、都市部ほどご近所に気を遣わなくて良いのは、田舎暮らしのメリットですね。子どもたちは広い野山で思いっきり遊びながら、のびのびと育っています。自然の花や木、虫と触れ合うことで、感性が豊かになるんじゃないかなと思います。
うちは小学生、保育園、幼児の3姉妹。こども園や小学校は家から徒歩だと1時間近くかかるので、小学生は途中まで車で送迎しています。
小学校では地元の方々がさまざまな活動を児童と共に行っています。例えば、珍しい在来植物の保護や調査の活動などがあります。また、こども園では園児が少ない分、焚き火や農業体験、地元の材木屋さんとの木工体験など面白い取り組みが多いところが魅力ですね。

角:この集落は過疎高齢化が進んでいる地域。子どもたちの元気な声が聞こえると、私たちもうれしくなります。
行正:それから、空気と水がきれいな高地で育ったお米や野菜は本当においしいです! 自分たちで農業をしていると、採れたてを日常的に味わえるのが良いですよね。子どもたちも、新鮮な自家製野菜を「おいしい」と言ってよく食べてくれます。

積極的に地域参加する理由
行正:移住後は妻の主導で『はらみた自然農園』を運営しているほか、副業として林業の仕事を請け負っています。この春からは、山や農地や庭を有効活用して県央を支える百姓のような事業で新規開業する予定です。
角:行正さんが地域の草刈りや樹木の伐採をしてくださり、また神社の総代も引き受けてくださったことで、高齢の住民たちは大変助かっていますよ。
行正:実際に暮らしてみると、農地や山の管理などで困っている人が多いことを肌で感じます。自分にできることで、この集落や周辺地域の役に立ちたいと思っているんです。
福富町はきれいな水が豊かに湧き、休耕地になっている田畑も少なく、地域の方々が自然や農地を大切に守っていることが感じられます。だからこそ、このまちに惹かれ、暮らしたいと思いました。
それに、しめ縄や門松づくりなど、伝統文化を学ぶことも好きなんです。僕も地域資源を守る一員になり、地域の方々や自分と同様の生活をしている他地域の方々にも積極的に関わっていきたいです。

角:地域との関わりといえば、この家は音楽好きが集まる場にもなっているね。
行正:そうなんです。夫婦そろって音楽が好きで、僕はギターやドラムなどさまざまな楽器、妻は歌ったりサックスやピアノを演奏します。実は、角さんもサックスを吹かれるんですよ! また、近所に沖縄三線の先生も住んでいるので、うちでセッションすることも。
周囲に気兼ねなく音楽を楽しめるのは、田舎の一軒家ならではですね。

里山暮らしに向いている人
行正:理想の移住を叶えても、暮らしているうちに必ず問題点が出てくるもの。その都度、柔軟に対応する心構えでいたほうが良いと思っています。例えば福富町は本当に寒いので、水が凍ったり、思った以上に薪の消費量が多くて集めるのが大変だったり…。石油ファンヒーターは備えていないので、薪の確保は死活問題です。
角:薪割りした後に1年以上乾燥させないと使えないしね。
行正:そうなんですよ。裏山の木を切って薪にするのですが、伐採しすぎると防災面や環境面に影響が出てしまう。だから薪を提供してくれるところを周りの人に教えてもらって、不足分を補充しています。冬らしい雪景色が見られるので、雪の季節は楽しみでもあるんですけどね。

角:地元住民からすると、やはり地域に馴染める人が向いていると思います。
自然や農地、歴史文化をはじめ、生活に欠かせない水路や道路はすべて地域の財産。これらを住民みんなで維持管理していく必要がありますから。
行正:自分たちの地域を守るためには、地元住民・移住者の垣根なく協力することが大事ですよね。

今後の目標
行正:ワサビの栽培に力を入れ、将来的に福富町の特産品として広めるのが夢です。
敷地内に湧き水が豊富な荒地があって、そこに埋まっていた用水路を自力で復旧し、試験的にワサビの苗を植えたところ生育良好で。福富町は水量や土質など、ワサビ栽培に適した条件がそろっているのではないかと考えています。

角:高齢化が進み、空き家予備軍も少なくないこの集落に、若い家族が住んでくれるのは本当に喜ばしいことです。これからも移住者の視点から、地域の魅力や活性化のアイディアを私たちに教えてほしいですね。期待していますよ。
行正:頑張ります! もし自分が地元住民だったら、よそから移住してきた人が地域とまったく関わってくれないのは、寂しく感じると思うんです。僕は、地域の方々に「この人が移住してくれて良かった」と思ってもらいたい。同じ空気、同じ水で暮らしているのだから、気持ちも同じ方向を向いて、今後も積極的に地域活動に参加していきたいです。

