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人口減少のまちが
国内外から人が訪れる最先端地域に

  • 引き継いだ人
    元中 慎一さん

    株式会社エクレクトで部長を務めながら、大崎上島で株式会社アイスティシを設立。広島市在住だが週の半分は島の研修施設で過ごす。

  • つないだ人
    河田 愛さん

    企業誘致や空き家活用事業を行う大崎上島町役場企画課に所属。大崎上島町で生まれて幼少期を過ごし、島外暮らしを経てUターン。

  • 託した人
    望月 保子さん・玉田 洋美さん

    望月さんは夫の実家である明治期の古民家を引き継ぎ、夫の姉である玉田さん夫婦とともに維持管理をしていた。

明治 8 年に立てられた広大な古民家を、研修施設として活用している IT 企業の株式会社エクレクト。都市部にはない非日常空間は、社員同士がコミュニケーションを深めるほか、国内外から視察や研修に訪れ、まちに活気を生み出しています。

本土からフェリーで約 30 分。広島県で唯一、本土と橋で繋がっていない離島の自治体である大崎上島に、時代の先端を行く IT 企業が拠点を作った理由や、そこから広がる地域づくりについて聞きました。

物件と出会った経緯

元中:この望月邸を購入したのは、広島市内にも本社機能を持つIT企業である株式会社エクレクトです。私はこちらの責任者を務めています。

オフィスとは違う環境で社員みんなが集まって、語り合える研修の場を持ちたいとの思いから、研修施設として活用できる空き物件を探していました。エクレクトは広島本社や東京本社をはじめ、全国5カ所に拠点を持つ会社です。仕事の9割以上をオンラインで行う私たちですが、それでは気軽な雑談が生まれにくいと感じていました。雑談から築ける関係性や、相談しやすい空気があると思うんです。そこで、BBQやサウナ、ヨガなどのレジャーを楽しみながらコミュニケーションできる場所を作ろうと考えました。

県外も含めて山や海など色々な場所を探している中で、たどり着いたのが大崎上島でした。

役場の方が親身になってくださり、ご紹介いただいたのが、望月さんご夫婦が大切にされていたこの古民家です。それまでもいくつかの古民家を見てきましたが、ここまできちんと管理されている築100年越えの家屋は本当に珍しいと思います。一目で「いいな」と感じました

望月:ここは明治8年に建てられた築140年の家で、夫の実家です。17年前に夫が退職したのを機に、「ここで一日一組限定の宿を開業しよう」と計画し、約15年前に1棟を解体して新築の家を建てました。日本家屋にこだわりのある大工さんにお願いし、広島県北の木材を使って1年がかりで建てた、思い入れのある家なんです。庭には桜や栗の木を植えたりして、夫婦で夢を膨らませていました。

けれど、5年前に夫を病で亡くしてしまって…。夫の姉夫婦にも協力してもらいながら、月2回ほど島外から泊まりがけで掃除や草刈りなどをしに来ていました。でも、なにしろ広い家ですし、畑も山も含めた維持管理が本当に大変で、自分たちで守っていくことに限界を感じていたんです。そこで、大崎上島町の空き家バンクに登録しました。

登録から1年ほどで譲り先が決まったことには驚きました。港から離れた山の中にあり、立地的に便利とはいえないこの家がすぐに売れるとは思っていなかったんです。このまま廃屋になるのを待つことになるかもしれないと覚悟すらしていました。

元中:企業と空き家を繋げてくれた役場の方々にも感謝しています。

河田:島に企業を誘致する上で、拠点にできる物件が少ないことは大きな課題となっています。そこで町の地域経営課では、空き家バンクの情報を移住希望者さんだけでなく、企業さんにも提供するようにしています。大崎上島町商工会の開業補助などの各種制度もご紹介しながら、大崎上島町で企業活動がしたい方々を、町としてもできるだけサポートしていきたいと考えています。

物件に感じたポテンシャル

元中:私たちが求めていたのは、「お互いに心を開いて話しやすくなるような、非日常を感じる場所」です。望月さんがおっしゃる立地は、私たちにとってはむしろ魅力でした。本土から船で島へ渡るという行為も、豊かな山々に囲まれた古民家で過ごすことも、まさに「非日常」な体験だからです。

新築の家はほとんど手を加える必要がない点も魅力でしたし、隣接するもう1棟は26畳のとても広い平屋で、大人数でのアクティビティをするための十分なキャパがあります。山を借景にできるところも、畑が付いているところも、都市部での日常を忘れて過ごせる要素だと感じました。

リノベーションを進めながら、望月さんや玉田さんから家にまつわる思い出をいろいろと聞かせていただきました。私たちが「お堂」と呼んでいる棟は、もともと食卓や家族団らんの場でもあったそうですね。

玉田:そうなんです。この棟に家族、ときには親戚の人たちが集まって一緒にごはんを食べて、一家がくつろぐ居間でもありました。今でも人が集まって、コミュニケーションが生まれる空間になっていることは感慨深いですね。

リノベーションについて

元中:とても広く、歴史のあるお宅なので、片付けにはやはり時間と人手が必要でした。そこで、片付けも地域交流のきっかけにしようと、地元の学生さんたちにも手伝いに来てもらいました。

リノベーションで大きく改修したのは、「お堂」と呼んでいる棟と、蔵です。内装デザインでは、IT企業として未来的な要素を表現しつつ、建物に刻まれた歴史や記憶は大切にしたいと考えました。そのため、梁や柱、そこに付いた傷や穴など、残せる部分は極力残しています。

新築棟は食事や寝泊まりができるスペースとして利用しています。2階にはトレーニングジムも完備しています。壁やふすまを取り払った開放的なお堂は、プレゼンテーションやヨガ、座禅、イベントなどを行う研修施設となっています。

望月:お堂を初めて見たときはあまりの変貌にビックリしたけれど(笑)、用途を聞いて納得しました。

元中:驚かせてしまいましたよね…(笑)。柔軟に受け入れてくださって、本当に感謝しています。敷地内には山々を眺める屋外サウナや、睡眠・作業スペースとして使える「ポッド」という白い箱状の建物を4つ設置するなど、ユニークな機能を追加しました。蔵はオフィススペースとして利用しています。

研修施設として使うための費用は、広島県の企業誘致に関する補助金でまかないました。町のインターネット回線使用料の補助制度も利用しています。

河田:エクレクトさんは利用していませんが、リノベーションの補助金制度もあるので、必要な方には町からもご案内しています。

エクレクトに託した決め手

望月:元中さんとお会いして、私も義姉も、初対面からその優しいお人柄に信頼感を覚えました。私たちのほうからオーダーを伝えることは一切しませんでしたが、それは元中さんの人柄、そして単に儲けを追求するのではなく、地域づくりに取り組む企業の姿勢に共感したからです。

最初は「IT企業」と聞いても、あまりイメージが湧かなかったんです。けれどお話を聞き、実際に活用されているところを見て、ITを通じて人と人が繋がっていくのはとても素敵なことだなと感じています。

玉田:地域に住んでいる方々、つまり私たちにとっては長年のご近所さんたちと積極的に交流してくださっていることも、うれしく思っていますよ。元中さんたちの行動力によって、さらに新しい関係が生まれていってほしいですね。

企業誘致が島にもたらす変化

元中:このあたりは「下組」と呼ばれる地域なのですが、近隣の方々への挨拶に、望月さんと玉田さんが一緒に来てくださったことが心強かったです。

エクレクトに在籍する全国200名の社員の研修だけでなく、学生インターンシップの受け入れや島に住んでいるスタッフの職場として、また社外の方も利用できるコワーキングスペースとしても運営しています。スタンフォード大学など海外の学生や県外の企業など、年間数百人がここを訪れています。

河田:エクレクトやアイスティシの活動を見ていると、地域を大事にしてくれているのが伝わってきます。片付けをきっかけに島の学生を巻き込むことをはじめ、地元採用にも力を入れており、さらに移住してくれた社員さんたちもいる。そういった動きが、まちに活力をもたらしています。

下組は島内で最も人口が減少している地域でしたが、今や島の中で最も動きがあり、最先端をいく地域になっていると感じます。

元中:望月邸で収容しきれない人数の研修を行う際は、下組の集会所を利用しています。ガス・電気・水道代込みで15,000円とリーズナブルなので、2週間ほど借りることも珍しくありません。

これまでは町内会の会合や葬儀など、年間で数日程度しか利用されていませんでしたが、私たちが使うようになってからは町内会の予算に余裕が生まれ、集会所や研修施設の周辺に外灯を新設する提案もいただきました。お互いにとってプラスになる関係を築けていると感じています。

今後の展望

元中:私たちが大切にしているのは、「ウェルビーイング」と「余白の文化」です。資本主義社会では、人を効率的に扱うことが合理的とされがちですが、私たちは一人ひとりのストーリーを活かしたいと考えています。資本主義の中で「無駄」とされてきたものこそ、実はとても大切なのではないでしょうか。

「儲けを優先した先に、本当の幸せはあるのか?」。この研修施設では、そんな問いを考えるきっかけをつくりたいと思っています。非日常の環境で顔を合わせて語り合うことで、オフィスや居酒屋よりも深い対話が生まれます。それは、きっと仕事にも良い影響を与えてくれます。

都市部のように何でもそろっているわけではない大崎上島に滞在すると、社員たちは「日常的に通える定食屋がない」「自転車の修理業者がいない」といった島の課題に気づきます。そこから「どうすれば解決できるか?」と考え、実際に港の空き店舗で食堂を開いたり、出張自転車屋を立ち上げたりしました。この施設を通じて、地域の課題を見つけ、取り組む力が育っているんです。

島の魅力や「余白」の価値に共感する人が少しずつ集まれば、結果的に地域課題の解決や地方創生へとつながっていくと考えます。実際、新たに2社のIT企業が下組に拠点を構える予定です。今後も、ウェルビーイングを体現する企業の先駆けとしてこの施設を広く知ってもらい、志を同じくする仲間が増えていくとうれしいですね。

空き家で出会った
探し手とオーナー
それを繋いだ人のお話。

AKIYA
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