物件の契約は「約束」。
まっすぐな対話で築く信頼関係
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引き継いだ人後藤 峻さんきっかけオノミチ合同会社/bench! 代表
京都府出身。2016年に尾道市へ移住。市内コワーキングスペースのスタッフを経て独立。2024年に「bench!」を開業。
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託した人藤岡 玲子さん尾道市久保で生まれ育つ。洋服のお直しや古道具販売などのリメイクショップ「かず」を仲間とともに営んでいる。
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尾道市久保にある「尾崎本通り」。JR尾道駅から徒歩約20分の閑静な通り沿いに、築120年の古民家を活かしたコワーキング&コミュニティハブ「bench!」はあります。
大家の藤岡玲子さんと借り主の後藤峻さんは、お互いを「玲子さん」「ごっちゃん」と呼び合うほど気心の知れた仲。一方で、建物の管理については率直な議論を交わし、明確な契約関係を築いています。託す側と託される側、両者にとって「心地よい貸し借り」のために必要な心構えや具体的なアクションについてお聞きしました。
目次
築120年の古民家との出会い
後藤:物件との出会いは、お好み焼き店「千」に足を運んだのがきっかけです。粉モノが好きなのでお客として何度か通ううちに、「道向かいにある空き物件を使いたい人を知らないか」と相談を受けて。
当時、僕はコワーキング型シェアスペース「ONOMICHI SHARE」のスタッフとして移住者支援などに携わっていたのもあって一度内見することになり、持ち主の玲子さんとつながったんです。
その頃の僕は「独立して拠点を持ちたい」とは考えていませんでした。でも、この家を見て「活用したい」と思ったんです。
藤岡:最初は1階を3区画に分けて貸し出し、一人あたりの家賃を抑えることも検討しました。ただ、台所やトイレなど水回りは一つしかないんですね。同じように大家をしている知人から「共同使用はトラブルになりやすい」と聞き、全面を借りてもらえるほうがいいなと。そう考え始めていたタイミングでごっちゃんと出会ったんです。
後藤:間口が広いところや、L字型の土間にも惹かれました。オープンでフラットな交流が生まれる場にできそうだと思ったんです。
「ONOMICHI SHARE」に8年ほど勤める中で、尾道のコワーキングにさらなる可能性を感じていました。移住者が持つスキルや経験を、地域産業や新規事業に活かすためのお手伝いができないか…。そんな気持ちがふつふつと湧き上がっていた時期にこの物件と出会い、「思い描いていることがここで実現できるかもしれない」と感じたんです。
物件を借りるまでの経緯
後藤:とはいえ、先ほども言ったように「自分の城を持つ」ことはこれまで考えていませんでした。もちろん事業資金の蓄えもなく、ゼロからのスタートです。それでも玲子さんは、貸すことを承諾してくださったんですよね。
藤岡:ごっちゃんが借りると決めるまで、半年ほど検討期間がありました。でも待とうと思ったんです。ここは私が生まれ育った家で、たくさんの思い出が詰まっている場所。だからこそ「古いものをどう残すか」には譲れない思いがあります。彼とは「モノを大切にする価値観」が合ったんですよね。
後藤:どこまで改修するのかをその半年間で話し合いましたよね。僕が検討している間、玲子さんに家賃は入らないし、他の引き合いもあったはず。それでも待ってくださったことは、本当にありがたかったです。
藤岡:2階には母の嫁入り箪笥など、大切に残したい家具がありました。ごっちゃんは2階も借りると言ってくれたので、それらが活かせるのもうれしかったですね。
1階の壁には父が大豆の計算式を書き残していて、彼はそれも「残しましょう」と提案してくれたんです。この家の歴史や文化を大切に扱ってくれていると思いました。
後藤:玲子さんはご実家が豆腐店で、ご自身でも飲食店やリメイクショップなどを営んできた方です。商売の酸いも甘いも知りながら、それでも人のため、地域のために動いてこられた。物件に関しても「貸して終わり」ではなく、何かあればともに解決に向けて考えてくださる人だと感じました。
また、相性を見極める上で「会話」は大きいですね。言葉の一つひとつにその人の価値観や姿勢が表れるので、僕も玲子さんにはお金の状況や資金調達の見通しなどを隠さず話していました。
藤岡:私にとって貸し借りは「約束」なんです。たとえば豆腐を100個注文されたら、何としてでも納品日に100個そろえる。そういう感覚が染みついています。率直に言って、約束を守れない人に大切な物件をお貸しすることはできません。また、話し合いができる相手かどうかも重要です。
その点、ごっちゃんは事業の準備段階から「今はこういう状況です」と計画書を見せながら、逐一説明してくれた。こまめに伝えてくれる姿に、誠実さが見て取れました。
トラブルを防ぐためにできること
後藤:物件を借りる際、はじめに賃貸契約の内容について具体的な話をしました。
藤岡:建物や設備が壊れた際はどちらが弁償するのかなど、責任の所在は最初にはっきりさせておかないといけません。契約後にハネアリが出たときも二人で話し合って、当初決めた条件に照らして大家である私が対応しました。
後藤:法律上は建物の躯体に関するトラブルは所有者、内装や事業に関わる部分は借り手側が対応することが基本となっています。ただ、実際には水回りの故障や残置物の扱いなど、線引きが難しいことも多いですよね。だからこそ、落としどころを大家と借り手が一緒に考えていくことが大切だと思います。
僕自身は「借りる」という選択に納得しています。たしかに、お借りする以上は大家さんとの関係が続き、干渉を嫌う人には向かないかもしれない。でも、建物の不具合についてすぐに相談できたり、地域の慣習や人とのつながりを教えてもらえたりと、大家さんはとても心強い存在でもあります。まちで何かを始めるなら、地元の方が持つ知恵や経験は不可欠です。
藤岡:別物件の賃貸で、うまくいかなかった経験もあります。でも、大家から一方的に「出ていって」と迫るようなことはしたくない。現実的な問題を話し合いで解決できる関係づくりを心がけています。
不動産会社を挟んでいないのも、関係性をシンプルにしたかったからです。仲介者がいると便利なこともありますが、間に立つ人の判断や感情も加わりますし、大家と借り手が信頼を築きにくい面もあると思います。
後藤:賃貸契約は、一方の都合だけでは成り立ちません。言いにくいことを隠して片方の要望のみを押し通そうとすると、どこかで歪みが生じてしまう。お互いの事情をオープンにして、すり合わせていくことが大事ではないでしょうか。
ここだって、僕にとってはあくまで「よそのお宅」です。コワーキング&コミュニティハブ「bench!」として活用している今も、玲子さんと物件の縁が切れたわけではありません。「もし僕がトラブルを起こせば、迷惑を被るのは玲子さんだ」という認識を持って運営しています。
借りる側も、法律や責任の範囲を調べておくことは大切です。最低限でも知識を身につけておくことは、自分だけでなく大家さんを守ることにもつながります。経営者が事業を始める前に、関連した法律を調べるのと同じですよね。場合によっては弁護士などにチェックしてもらいながら賃貸契約を結ぶのも有効だと思います。
クラウドファンディングから始めた資金調達
後藤:開業資金はクラウドファンディング、市のオフィス開設補助金、信用金庫の創業者向け助成金、そして借り入れを組み合わせて確保しました。
最初にクラウドファンディングを選んだのは、自己資金の蓄えがない中で、それしか方法がなかったからです。でも、知り合いへ個別に連絡して、支援をお願いすることがどうしてもできなくて…。営業が得意ではない自分が示せるのは実際に行動している姿だと思い、実施期間の1カ月半、活動報告を毎日サイトやSNSで発信し続けました。
藤岡:私は地域活動にも参加していることもあり、若い人から「事業を始めたい」「地域で何かやりたい」という相談をよく受けるんです。「bench!」があることで、ごっちゃんと相談者をつなげやすくなりました。資金に悩む子たちの話を聞いていると、彼がゼロから開業までやり遂げたことのすごさが改めて分かります。
後藤:まちに関わる仕事を10年続けてきた中で、「やると言ってできないのは不義理になる」という感覚がありました。県外から移り住んだ「よそ者」だからこそ、なおさら誠実でいたいと思っていました。
ものごとには確証なんてありません。たとえ潤沢な資金があっても、事業が上手くいくかどうかは誰にも分からない。確証のないことを人から応援してもらうには、「信頼」がすべてですよね。だから、やり遂げるしかなかった。これからも、失敗することがあっても手を抜かず、誠心誠意行動していきたいです。
藤岡:資金集めで大変な中でも、「いろんな人が出入りするようになるけれど、それでも大丈夫ですか」と事業内容について私に確認してくれました。そういう姿勢が信頼をつくっていくのだと思います。
リノベーションの考え方
後藤:リノベーションするにあたり、建物の歴史をできるだけ残すことを意識しました。残置物も多くありましたが、玲子さんに引き取ってもらうもの、こちらで使わせてもらうもの、処分してもいいものを一つずつ確認しながら整理していきました。できるだけシンプルに整え、築120年の建物の雰囲気をほとんどそのままに、やりたいことを叶えられるように改修していったんです。
賃貸物件は、いつかは大家さんにお返しするものです。返ってきたときに使いにくい状態では大家さんが困るでしょうし、次の人にも引き継ぎやすいカタチにしておくべきだと考えています。
たとえば、安全性を確保するために古く複雑だった電気配線は撤去し、一新しました。1階正面も耐震性を高めるためガラス戸から壁に変えましたが、再び扉にしたければ戻せる仕様となっています。
藤岡:私が増改築しても、借りる人にとっては好みや使い勝手が合わなかったかもしれません。借りてくれる人と相談しながら手を入れていくのが良いなと実感しましたね。
まちづくりに対する思い
藤岡:この建物がある「尾崎本通り」も昔に比べると人通りが減り、空き家は増え続けています。尾道は造船のまちですから、造船所の景気が良かった頃はこの辺りもうどん屋や銭湯、酒屋などたくさんのお店があって、活気にあふれていたんですよ。もう少しにぎわいが戻ってくれたらと思いますね。
後藤:僕は正直、「尾崎本通りを復活させたい」とまでは考えていないんです。まちは誰か一人のものではなく、土地や建物は所有者の意思によって使われるものです。たとえそれが、まちの文脈を無視したものであっても、基本的には他者が介入する権利はないと思います。
その上で理想を言えば、その土地や建物が築いてきた歴史や文化、住んでいた人の思いを受け継ぎながら活用してくれる人が増えたらうれしい。でも、現実はそう単純ではありません。想定とは異なる盛り上がりを見せて新しい魅力が生まれることもあれば、地元の人々が大切にしてきたものを崩してしまうこともあります。
後者の場合、地元の方々からすると「新しい人やものには入ってきてほしくない」という気持ちになってしまう…。どちらに転ぶか、そのバランスはとても難しい。だから僕は、まず「bench!」を「地域にあってよかった」と思ってもらえる場所に育てていきたいと考えています。
藤岡:この家を「子どもや孫が代々住めるように残したほうがよかったのかな」と考えることもありました。大事なものを他人に託すのは勇気がいりますよ。
今後、ごっちゃんと意見が合わなくなる日だって来るかもしれない。それでも今はこの家を拠点にたくさんの人が行き交い、よい雰囲気が流れていることをありがたく思っています。
bench!のこれから
藤岡:長い間眠っていた家に人々が出入りするようになって、建物が生き返ったみたい。ごっちゃんたちはご近所や町内会にいつも気を配り、何かあればすぐに対応してくれます。若い人だけでなく、年配の人も気軽に来られる場所になっているのがうれしいですね。
後藤:僕にとってコワーキングスペースは、ただ机を貸す場所ではありません。地域の事業者さんや、大家である玲子さんも含めて、みんながプレイヤーとして関われる拠点を目指しています。
たとえば、シャツのボタンが取れたら道向かいでリメイクショップを営む玲子さんたちに直してもらう。そして、私たちは地域の高齢者さんにパソコンの使い方を教える。そんな、ご近所付き合いの延長線上にあるコワーキングを創り出していきたいんです。
また、地元企業が新人研修をここで行ったときは、たまたま東京から来ていたビジネスマンとその企業の若手社員が交流する場面もありました。異なる地域、異なる世代、異なる経験を持つ人が交わることで、新しい可能性が広がっていくんですよね。これからも、尾道を元気にするきっかけが生まれる場所であり続けたいです。